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東京高等裁判所 昭和40年(う)2005号 判決

控訴人 原審検察官

被告人 吉沢源造 外三名

弁護人 本谷康人 外六名

検察官 橋本友明 辰己信夫

主文

原判決中被告人吉沢源造に対する詐欺事件(昭和三六年六月二〇日起訴、原審昭和三六年刑(わ)第二五七号のうち)に関する部分を破棄する。

被告人吉沢源造を懲役八月に処する。

ただし、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中当審証人森谷覚助に支給した分の全部及び同堀口邦五郎に支給した分の二分の一を被告人吉沢源造の負担とする。

検察官のその余の控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官が提出した東京地方検察庁八王子支部検事渡辺薫作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、被告人吉沢及び同桑田につき弁護人本谷康人が、被告人江間につき弁護人平原謙吉及び同平原昭亮が連名で、被告人内田につき弁護人坂井改造及び同金子汎利が連名で、提出した各答弁書記載のとおりであるから、いずれもこれを引用し、検察官の控訴趣意(事実誤認)に対し、次のとおり判断する。

第三被告人吉沢及び同江間に対する昭和三六年六月一三日付起訴状記載の耕地整理法違反の公訴事実(原審同年刑(わ)第二四〇号被告事件、ただし、当審において土地区画整理法違反と罰条を変更)に関する部分について

一  原判決は、右公訴事実については、被告人江間が昭和三五年三月中旬被告人吉沢方において吉沢の妻ミツを介して被告人吉沢に現金一万円を供与し、被告人吉沢がその供与を受けた事実は、これを認めたが、被告人吉沢及び同江間の検察官に対する供述調書中の各供述よりも原審公判における各供述の方が信用できるものであるとし、これに依拠して、右現金一万円は、当時その工事中であつた被告人吉沢の自宅の改修祝として授受されたものであつて、賄賂ではないとし、無罪の言渡をしたことに帰するものである。

二  しかし、被告人吉沢は、原審のAグループ第一回公判においては、「新井、江間の両名より昭和二九年末頃に新井所有の農地約二〇四坪の売買の斡旋を頼まれ、その尽力をした結果、三〇年六月下旬両名間に売買ができ、当時江間より吉沢の尽力に対して謝礼金を払う旨の申出があつたが、これを辞退したところ、三五年三月頃自宅を改築するに際し、江間が予ての謝礼として妻に渡し、妻が受取つたもので、私もその趣旨の下に受取つた。」と、被告人江間は、右同公判において、「吉沢に一万円渡した趣旨は吉沢が述べたとおりです。」とそれぞれ述べ、これを要するに、両被告人とも、一万円が吉沢の行為に対する謝礼の性質を有する金員であることは認めるが、謝礼の対象となつた被告人吉沢の行為は、同被告人の組合理事者としての行為ではなく、同被告人が昭和三〇年六月下旬個人として新井夘太郎より江間に農地売却の斡旋をした行為であつたとしていたものであり、被告人江間は、同第七回公判においても、当初検察官が質問した際には、「吉沢の妻に地所を世話してもらつたお礼のしるしだといつて渡した。」とか、「最初二一〇坪の地所を世話してもらつたお礼のつもりである。」と供述し、弁護人の質問に対し、僅かに「家を直しているからという気持もあつた。」と供述していたに過ぎず、被告人吉沢が自宅の改築祝として受取つたと述べるようになつたのは同第七回公判からであり、同江間が同趣旨のことを判然と供述するようになつたのは同第一一回公判からのことであることにもかんがみると、問題の一万円が吉沢宅の改築祝であつたとする両被告人の公判供述を信用することには疑問をさしはさまざるを得ない。そして、原判決認定のとおり改築祝の趣旨で供与したものであるとすれば、被告人江間においてこれを供与する際にその趣旨に相当する挨拶の言葉があつても不思議ではない場合であるのに、被告人吉沢の妻ミツの司法警察員に対する昭和三六年五月二三日付供述調書によれば、江間は「お菓子でも買つてくれ」とかいつて差し出したと、右同人の検察官に対する同年六月二日付供述調書によれば、江間は「これで子供さんにお菓子でも買つてやつて下さい」といつてのし袋を出したというのであつて、改築祝に相当する挨拶の言葉のあつたことは認められないこと、被告人江間は、原審及び当審各公判において組合が決定した自宅及び工揚の移転補償費の金額に不満があつたというが、当初組合側が都の算定方式に従つて査定した金額が一三三万余円であつたのが最終的には二四二万五〇〇〇円となり、同被告人が右の補償金額で移転を承諾する旨の承諾書を組合に入れたのが昭和三五年三月一〇日であり、いわばその直後に現金一万円を供与したという時間的関係にあることが認められること、その他被告人吉沢の検察官に対する昭和三六年六月一日付供述調書によれば、吉沢と江間とは古いつき合いではあるが、歳暮、中元のやりとりをしていない間柄であつたことが、なおまた被告人江間の当審公判廷における供述によれば、同被告人が現住地に住居等を移転新築した際には被告人吉沢からお祝いとして清酒二升が届けられた程度であつたことが、それぞれ認められるのであり、これらの事実をも参酌して考えるとすれば、一万円を吉沢宅の改築祝であるとする両被告人の原審公判における各供述はいよいよ信用し難く、むしろ捜査官に対する各供述調書中の供述の方が自然でもあり、信用できるものというべきである。而して、このことは、被告人江間が当時在宅のまま供述を求められていたものであり、被告人吉沢についても、この一万円の供与を受けたことが逮捕、勾留の被疑事実となつていたもので、勾留の初期にこの点についての供述調書が作成されていることに徴しても首肯できることである。

そして、右各供述調書をも含めて原審及び当審において取り調べた一切の関係証拠を総合してみると、問題の一万円は、被告人江間が当時組合業務を執行していた被告人吉沢に対し、組合保留地一九号の三の売却及び移転補償額の決定につき好意ある取扱いを受けたことに対する謝礼としてこれを供与し、被告人吉沢としても、右の趣旨のものであることを知りながらその供与を受けたということがむしろ相当である。

三  ところで、本件公訴事実は、「被告人吉沢は耕地整理法により設立認可された青梅土地区画整理組合発足当時より組合副長の職にあり、同組合が土地区画整理法により青梅土地区画整理組合となつた昭和三五年三月一日より引続き組合理事となり同月二五日理事長となつたものである」とするが、原審及び当審において取り調べた証拠によれば、被告人吉沢は、昭和二九年一月一六日以降、昭和二九年法律第一二〇号土地区画整理法施行法第一〇条の規定による改正前の都市計画法(大正八年法律第三六号)第一二条第二項の規定によつてその準用を認められていた耕地整理法の規定に則つて設立された青梅土地区画整理組合の組合副長の地位にあつたが、右組合が、昭和三五年三月一日昭和二九年法律第一一九号土地区画整理法第一四条の規定に基づく東京都知事の設立認可を受け、同法による組合、すなわち新組合となつた後においては、同年三月二五日開催の組合総会において理事に選任され、同月二八日理事間の互選によつて組合理事長に就任したものであること、換言すれば、被告人江間より問題の現金一万円の供与を受けた同年三月中旬の時点においては未だ理事に選任されていなかつたことは明白であり、この認定を覆えすに足りる証拠は存しない。もつとも、証拠によれば、被告人吉沢が同年三月一日から三月二四日までの間においても旧組合の組合副長の地位にあつた当時と変りなく組合業務の執行をしていたことを認めることができるのであり、被告人吉沢は、検察官に対する昭和三六年六月六日付供述調書において、右の期間中新組合の業務を執行したことの根拠として「組合長、組合副長及び評議員は任期満了の後も後任者の就任する迄其の職務を行なわなければならない」という旧組合の組合規約第六条第三項の規定を挙げているが、新組合が法律的には新たに設立された組合であり、旧組合の施行した土地区画整理は土地区画整理法施行法第三条第七項の規定により新組合の設立認可があつた時において土地区画整理法により施行される土地区画整理事業となり、旧組合の施行する土地区画整理として残るものが全く存しなかつたことにかんがみれば、旧組合規約を昭和三五年三月一日以降において適用する理由はないというべきであるから、被告人吉沢の前掲供述は首肯できないものであり、結局のところ、被告人吉沢自身が当審公判廷において供述するとおり、新組合の設立認可はあつたか組合総会を開催する運びに至らず、新組合の業務を執行する者がないため、同被告人等旧組合の役員であつた者が単に事実上その業務の執行をしていたものと認めざるを得ない。

検察官は、昭和三六年六月一三日付起訴状においては、本件に適用されるべき罰条として土地区画整理法第一三七条第一項本文、第一三八条第一項を掲記していたが、原審第一回公判においてこれを耕地整理法第九一条の二、第九一条の三等と変更する申立をして、これが許可され、当審公判に至つてこれを再び土地区画整理法第一三七条第一項本文、第一三八条第一項と変更する申立をし、これが許可されたという経緯であり、土地区画整理法施行法第三条等、ことに第三条第七項の規定に徴すれば、検察官が本件に対し新法、すなわち、土地区画整理法の罰則の適用を主張すること自体は正当であるというべきであるが、同法第一三七条第一項本文は、耕地整理法第九一条の二第一項本文が「組合長、組合副長、聯合会会長、聯合会副会長、臨時代理者、評議員又ハ組合会議員其ノ職務ニ関シ賄賂ヲ収受シ又ハ之ヲ要求若ハ約束シタルトキハ二年以下ノ懲役ニ処ス」と規定していたのに対し、「個人施行者(法人である個人施行者にあつては、その役員又は職員)又は組合の役員、総代若しくは職員(以下「個人施行者等」と総称する。)が、其の職務に関して賄ろを収受し、又は要求し、若しくは約束したときは、三年以下の懲役に処する。」と、同第一三八条第一項は、これを承けて「前条第一項から第三項までに掲げる者に対して賄ろを供与し、又は-云々」とそれぞれ規定し、役員については、同法第二七条第一項が「組合に、役員として、理事及び監事を置く。」と規定し、これを理事及び監事に限定することを明らかにしているとみられるのである。そして、同法第二七条第三項の規定によれば、理事及び監事は原則としては定款の定めるところにより組合員のうちから総会で選挙されてその任務に就くこと、すなわち、組合員の信任を受けてその地位に就くものとされていることでもあるから、右罰則を制定した趣旨が、土地区画整理事業の公益的重要性を重視したことにあることはもちろんであるとしても、前記の手続を経て正規に理事または監事になつたものでない者は、たとえ事実上理事または監事の職務に相当する内容の職務を執行していた者であつても、同法第一三七条第一項の罰則の対象となるものでないことは、罪刑法定主義の本義に照らしても是認されるべき当然の結論であるといわなければならない。本件の場合、被告人江間が同吉沢に供与した現金一万円が、吉沢が旧組合の組合副長として昭和三二年から手がけて来た一九号の三の組合保留地の江間に対する売却及び江間の住宅、工場の移転補償額の決定につきそれが決定を見るまでの過程において好意ある取扱いをしたことに対する謝礼の性質を有することは、先に認定したとおりであるから、耕地整理法にいわゆる事後収賄の罰則規定があれば、それが適用される可能性はないわけではないが、耕地整理法にはその趣旨の罰則規定はないのであるから、被告人吉沢の所為は、この点からしても処罰することができないものである。なお、被告人江間の供与の所為を土地区画整理法第一三八条第一項によつて処罰できる限りでないことは、以上のことの当然の結論である。

四  以上の次第で、当裁判所とは見解を異にはするが、原判決が、昭和三六年六月一三日付起訴状記載の公訴事実につき、犯罪の証明がないとして被告人吉沢及び同江間に対し無罪の言渡をしたことは、結局正当であるから、右公訴事実に関する論旨は理由がないことに帰する。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 江里口清雄 判事 上野敏 判事 横地正義)

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